2013年02月13日

農民たちの太陽光発電 〜福島原発の足元で〜

こんにちは。
住民の目線で地方政治にとりくむ、政治家(新城市議)を目指して活動しています。
浅尾 ようへい です。

原発を推進し福島原発事故の元凶をつくった自民党政権が早くも原発の再稼働を公言しています。
今も15万人が避難生活を強いられている福島で、最大の犠牲者でもある福島県の太平洋側地域、
浜通りの農民たちが、太陽光発電事業をはじめました。

「野馬土(のまど)」〜福島復興の拠点に〜↓興味のあるかたどうぞ
http://www.nouminren.ne.jp/newspaper.php?fname=dat/201301/2013010701.htm

福島の浜通りは 津波で、米は流され、福島原子力発電所の事故で、農地が汚染されました。
「農産物は壊滅状態だし販売はできない。原発で被害を受けた浜通りから原発をなくす責任もある。
自然エネルギーに取り組めないかと考えている時に(昨年7月)経済産業省の事業が発表に」
福島で行う、太陽光発電普及拡大のためのモデル事業。様々な審査後に希望者の屋根に設置する事業。

「農家への賃料は20年 平均1Kwあたり年1万6000円 20Kwの設置農家なら年36万円になります。
国民年金が少ない農民にとって大助かりです」と中井さん。

自然エネルギーで、過疎地域が豊かになる(左から中井さん 目黒さん 杉和昌会長)
農民たちの太陽光発電 〜福島原発の足元で〜

第一理事の只野さんは
「オレは半信半疑だったのよ。でも、太陽光の取り付けに3分の1の補助金が出ると言うし。この辺は震災と原発のダブルパンチの上に、いま原発事故で20キロ圏内が封鎖されサルやイノシシの被害がすごいのよ。こういうところで農業をやるにしても、放射線の高い土地を活かすにも・・・。  第一、日本は地震のプレートの上に乗ってるわけだ。原発はいつどんな事になるかわかんね。核のゴミの処分方法も決まってないんだからやるしかない」

ここの、販売所の倉庫の屋根が太陽光発電が設置された。
農民たちの太陽光発電 〜福島原発の足元で〜

農民たちの太陽光発電 〜福島原発の足元で〜
2013・1・24付けの新婦人しんぶんより

震災と原発事故で、福島のまちはとても痛ましい状態になってしまったかもしれませんが、
ある意味。これからの日本を立て直す、未来の最先端の知恵や工夫や人の技術があると思います。

安倍首相が原発再稼働というけれど、福島の住民の方の意見で、あれだけの日本の美しい土地を放射能で汚し。
地震国の日本。原発が動けば必ず出る核のゴミの処分方法もわからないのに。そのような、
市民の疑問にしっかりした答えをだしてからでないと、再稼働だなんて責任ある首相は軽く言わないでほしいです。

福島の農民の行動から学び、今後のエネルギーは、原発ではなく自然エネルギーだと思いました。
日々こつこつと新城でも自然エネルギーが広がるまちづくりに向けて、頑張ります!(笑)

今日も、訪問してくれてありがとうございます。







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Posted by 浅尾洋平 at 15:23 │Comments(0)自然エネルギー
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プロフィール
浅尾洋平
浅尾洋平
浅尾洋平(あさお ようへい)

1977年生まれ。
千郷小・千郷中・豊川高校卒
豊橋市立看護専門学校卒
1998年〜2009年豊橋市民病院、育児休暇取得。救命センターICU・手術室を経験
2009年〜2012年新城市民病院で看護師として勤務し退職。JPTEC認定取得(外傷病院前救護処置)
2011年度 新城市省エネコンテスト 削減率部門第3位受賞。日本共産党新城市福祉・子育て対策室長 2013年 新城市議に初当選し 現在3期目。
家族は妻、1男1女